経済の一部としての家族の機能

つぎに、家族の経済的機能を労働力再生産にあるとする考え方について、みてゆくことにしましょう。
この考えは、家計における支出を、まえの非生産的消費としてでなく、むしろ生産的消費としてとらえようとする見方に通じます。
これをいいかえれば、工場が商品を生産する場であるなら、家庭はその工場に供給する労働力を生産する場である、ということになります。
労働力再生産というとき、そこではだいたい二つの過程が予想されています。
ひとつは、人間の生産つまりこどもを生み育てることであり、
もうひとつは、工場で商品を生産するときに消費された労働力の再生産、つまり労働エネルギーを補充する過程です。
第一の点についていえば、たしかに、結婚にともなう出産・育児は、結果的に労働力を供給する機能をはたしていることになりましょう。
しかし、現代結鰕と出産との関係や、生殖のメカニズムのところで明らかにしたように、現代家族法は、育児はとにかく、出産を法制化してもいなければ、
産業への労働力供給について考慮しているわけでもなく、したがって、附産は全く個人の自由にまかされ、実際上まったく窓意的になされているのが現状です。
人間として、ここで、結婚相手を探してください。
こどもを生もうとする動機が《各人各様であっても、そのほとんどが個人的ないし家族的なものでしかなく、広く社会経済的視野にたって、
労働力を生産することを考える人間がはたしてどれほど存在するか、はなはだ疑問としなければなりますまい。
こうした考えは、かつての、結婚そのものさえ労働力補充の手段として考えられ、こどもを生むことはもちろん、
労働力の地加として以外に考えられなかった時代、つまり結僻が家族経済や社会経済における生産機櫛と密接に結びついていた時代には通用しても、
現代の結婚にはそのまま通用しないことに気づいていない考えだ、ということになります。

参考:安心 出会系